
Nature
自然との調和
私たちのワインと果実は、人が自然をコントロールして作ったものではありません。
四方を山に囲まれた飛騨の谷で、1725年から絶えることなく土を耕し、木々の声に耳を澄ませてきた「自然との対話」の結晶です。

はじまりは「木の下」から
1725年(享保10年)
木戸脇家の歴史は、1725年(享保10年)に没した初代・木下七兵衛が、本家を隠居し、この一里塚の地に居を構えたことから始まります。
当時は、富山から飛騨へと海の恵みを運ぶ「旧ブリ街道」の全盛期。家の前には、家康の命により整備された一里塚があり、そこには旅人が羽を休めるための「大榎(おおえのき)」が枝葉を広げていました。文字通り、その「木の下」で旅人を見守り、土を耕し始めたのが私たちの原点です。

土地の神様と共に歩む「木戸脇」へ
1875(明治8年)
時代は流れ、明治の世。
かつて村人に御神木として慕われた大榎の姿はすでになく、その場所には古びた社がありました。
村の入り口(木戸)の傍らで、代々この土地を守り抜いてきた一族は、地域の信仰の拠点であった「木戸脇神社」にちなみ、正式に「木戸脇」の姓を名乗ることとなりました。
1881年(明治14年)、6代目・治右エ門(のちに七兵衛)が神様からの夢のお告げを受け、屋敷内にお社を再建。以来、私たちはこの土地の守り神と共に、作物を育て、命を繋いできました。

林檎との出遭い
1954(昭和29年)
当家の果樹栽培の歴史は、第9代・木戸脇進のひとつの決断から始まりました。
岐阜県立農事試験場飛騨分場(現・岐阜県中山間農業研究所)で開催された果樹普及の講習に、第2期生として参加。そこで得た知識と情熱を胸に、当家の庭先にりんごの苗木を植栽したのが「木戸脇果樹園」の確かな第一歩です。
飛騨の厳しい風雪に耐え、飛騨最古級となるまで力強く生きたそのりんごの樹は、70年近くにわたり当園のシンボルとして私たち家族を見守り続けてくれました。
2022年8月。長い役目を終えるその大樹と撮影した最後の一枚は、先人たちの果樹への愛情が、今の「ORCHARD HOUSE」へと脈々と受け継がれていることを教えてくれます。

ぶどう栽培の拡大と、密かな自家醸造
1970年(昭和45年)頃
生食用ぶどうの栽培を本格的にスタート。
1981年(昭和56年)の「五六豪雪」で被害を受ける前のピーク時には、5反(0.5ha)まで規模を拡大していました。
巨峰に加え、「ホワイトアーリー」などの欧米交雑品種も多数育てており、当時は出来の良いぶどうを使って、先代が内緒で「自家醸造」を楽しんでいたという逸話も残されています。果樹農家としての探求心は、この頃から脈々と受け継がれています。
Subheading
1983年(昭和58年)
10代・木戸脇靖、名古屋大学農学部卒業後、公益社団法人国際農業者交流協会(JAEC)を通して、アメリカ・ワシントン州のオービル農園にて研修。アメリカ・グラニースミスの父との出会い。
Auvil Fruit Co, Inc.木戸脇果樹園へ
1985年(昭和60年)
帰国後、木戸脇果樹園を正式に発足。
2haのりんご園を開設。電子技法の導入。

ORCHARD HOUSEの登場
1998年(平成10年)
木戸脇果樹園 ORCHARD HOUSEの手彫り看板を掲げる。

ワイン造りのはじまり
2019年(令和元年)
12代目・木戸脇翔平は、長野県東御市の千曲川ワインアカデミー5期生として学び、同年0.2haの垣根畑を開設。これが飛騨での本格的なワイン造り(ワイン専用種による)の発端となった。
この年、採れたりんごを委託醸造し、県内初の自園シードルとして販売開始。「シードル飛騨」と題し、令和揮毫の書家・茂住菁邨氏によるラベルが話題となった。
Link - Cidre飛騨
Orchard House 竣工
2024年(令和6年)
かつて、富山から飛騨へと海の恵みを運んだ「旧ブリ街道」。
一里塚の大榎(おおえのき)が植えられ、行き交う旅人たちがその木陰で羽を休めたこの由緒ある地に、「ORCHARD HOUSE」は誕生しました。
建物を優しく包み込むのは、先祖代々大切に守り育ててきた自らの森から切り出した木々。飛騨が誇る伝統の木工技と、現代建築の粋を結集し、歴史と革新が交差する心地よい空間を創り上げました。
時を超え、形を変えて。榎の木陰が旅人を癒やしたこの場所は今、「果実カフェ」として生まれ変わり、再び人々の語らいとあたたかな賑わいであふれています。
300年の記憶が宿る木の香りに抱かれながら、飛騨の豊かな実りをお楽しみください。

新たな旅立ち
2025年(令和7年)
初代がこの地に根を下ろしてから、ちょうど300年。
2025年3月10日、私たちは「オーチャードハウス株式会社」として新たな一歩を踏み出しました。
飛騨国府、昼夜の寒暖差が激しい気候風土。
先人たちが「木の下」で土を愛し、「木戸の脇」で伝統を守り抜いてきたこの場所で、私たちはこれからも、次の100年へ続く豊かな実りを醸し続けます。

ORCHARD HOUSEという器
The Vessel of ORCHARD HOUSE
自然との調和、飾らない本質を追求する。
私たちが飛騨の谷で300年かけて育んできた
「ORCHARD HOUSE」という哲学。
その目に見えない概念を、
「木舟(Kifune)」という形で具現化しました。

